田村能里子オフィシャルホームページ:過去の掲載記事婦人公論

風河燦燦三三自在


 襖絵をご覧いただくみなさまへ
「絵を前に座して黙せば風わたる」(詠み人知らず)
絵のことって解説したり、ことばで語ったりしないほうが、感じていただけるのではと
思ってもいますが、これは襖絵ですし、たまたま作者が現存しておりますのでひとことだけ、
作者の思いをお伝えしたいと思います。
 女でしかも洋画系の私に、再建される名刹の本堂の襖絵をお頼みになるなんて、
なんて度胸のあるお方なんでしょう、と最初は思いました。
対する私は最初はちょっと腰がひけていましたが、最終的には「自分がやるしかない」
と言う気持ちになり、女は愛嬌ではないですが、集中力をたかめて一年半、
制作三昧の時間を過ごしました。
  画材は麻布キャンバスにアクリル絵の具を使っています。
アクリルは水に溶かしてつかうので、油彩とは違う、どちらかといえば、
岩絵の具や墨に近いところもあります。
材料や技法もふくめて、この絵は洋画にも日本画にも分類できないものと考えています。
 描いたのは雄大な自然の山河と、全体に流れる風紋。燦々と輝く太陽と月。黄漠と群青の空。
鳥たちと三十三体の生成りに包まれた人形(ひとがた)。それだけです。
 人物の顔や形は、特定の人のイメージや説話・物語を描いたものではありません。
人以外のものは箱なのか、花なのか、見る方の心の中に映し出されます。
女性や老人、子供などさまざまなポーズをしておりますが、これらは観音さまが変化したお姿と
感じていただいてもいいし、身近な人の面影を探して話しかけてもらってもいい。
時間や空間を越えて、国や時代を問わず、絵と向き合う方が想像力や感性を働かせて、
自由に、自在に、
解き放たれた心で語り合っていただき、良い時間が過ごせれば、それでいい。
 絵画の技法としては、人形(ひとがた)を水墨画や日本画に連なる伝統的な
東洋人の線描で描きました。東洋人にしか描けないだろう人形(ひとがた)の線描には、
絵との対話に欠かすことのできない、
作者の深いたくらみや思いが託せるように感じるからです。
 基調色の赤は襖絵としてはあまり例がないかも知れません。
私にとっては嵐山という大自然に包まれた本堂の中は、自然界の体内のようなものと感じ、
命が宿り燃えている色、赤以外はありえませんでした。
 襖絵はあくまでも寺院のしつらえとして、寺院を荘厳するものでありますから、
そこのところを大きく踏みはずさないように、
それでいて絵画として独自の存在感を示せるようなモチーフや構成、
色調など、ちょっと枠から踏み込んで工夫してみました。
 「風河燦燦三三自在」はインドを発祥の地として、シルクロードを通じて、
東西の文化を融合しながら日本まで到った仏教と、ひとびとの生活の、
長いときの流れを美しい絵本のように表現できたらいいな、
という思いから生まれました。
 襖の引き手もちょっとほほえましくなるような、
動物たちの彫りものをデザインしてみました。
「なんだか自分に帰れた気がするなあ。気分が楽になれたなあ。元気になれそうだ。」
そんな時間を感じていただければ、作者として本望でございます。

                            田村能里子

大亀山 宝厳院
 大亀山宝厳院は臨済宗大本山天龍寺の塔頭寺院で、寛正二年(一四六一)
室町幕府の管領細川頼之公により
天龍寺開山夢窓国師の大三世法孫聖仲永光禅師を開山に迎え創建された。
 宝厳院本堂は、幾多の苦難を乗り越え平成二十年、多くの方々の尽力と徳をいただき完成した。
付属建物を含め間口十一間 奥行き六間の方丈様式であり、
正面扁額は大本山天龍寺元管長 関牧翁老大師筆による「寶厳」である。
 本尊は、十一面観音菩薩、脇仏に三十三対の観世音菩薩、足利尊氏が信仰したと
寺院にある地蔵菩薩像が祀られており、西国三十三所巡りに等しい功徳があると伝えられている。
 室中、上間、下間の襖五十八面には、田村能里子画伯筆の『風河燦燦三三自在』
と題された襖絵がある。従来の襖絵では花鳥風月や水墨画がよくあるが、
その様なとらわれを乗り越え、大変親しみ温かみのある襖絵である。
襖絵に登場する三十三人の老若男女がさまざまな姿でたたずむのを見ていると
心が癒されぬくもりを感じる。
「タムラレッド」と呼ばれる独特の赤色が大変鮮やかに描かれている。
 この襖絵の主題や題名は、田村能里子画伯が独自に作られたものであるが、
「観音経」の経中に観音菩薩は
三十三身に身を変えてこの苦の世界を救われたとある。
まさしくこの襖絵の中に登場する三十三人の老若男女は、観音菩薩の化身であり、
この襖絵によって仏の世界が身近になった気がする。


                            宝厳院パンフレットより抜粋


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