〈 鬼神(デーモン)の棲み家 -カルカッタにて 〉

黒い水溜りがどろり
灰色の空の中に痩犬の影を浮かべている
赤煉瓦の停車場
膨れ上がったジュート袋をひきずりながら
いびつな轍が呻き声をあげて
影を真二つに割ってゆく
朝がはじけた
ふんわりした赤いカンナの花弁を
強い蠅が前足を立ててゆらしている
赤煉瓦のロータリー
膨れ上がった人間をぶらさげながら
ブリキ箱のバスがべこべこぎらり
蠅を花弁に焦がしつけてゆく
昼が溶けた
かろうじて立っている塀際に
こぶ牛は、埋め込まれ
青白い光を放っている
塀は赤煉瓦
乾糞を燃やす煙は彼岸と此岸の間を
低くどんよりと
傾いた街並みの遠近を奪ってゆく
夜が流れた
朝、昼、夜、朝、昼、夜
消え入ろうとする私の中の鬼よ
私に地獄を残していってくれ
感じるものがもう
何もなくなってしまったとしても
白いピンポン玉のように
たぎりたつ地獄の淵に
浮かんでいたから
〈 まなざし 〉
自動焦点カメラというのがるそうだ。
使ったことがないので、仕組みはよく知らないが、カメラを向けた対象に自動的にピントが合ってしまう
便利さが売り物のようだ。
技術の進歩がもたらしたものには違いないけれど、このコンセプトは都会に住む人間の眼そのものという感じがする。
一歩外にでれば、ドッと眼に飛び込んでくる広告、情報の洪水。
ビルの屋上に掲げた大看板からは、イルミネーション、果ては葉書大の店先いのメニューに至るまで
視界の全てを埋め込んでしまいそうな絵と活字の大軍に、人はいつの間にか自動焦点カメラのように
無意識のうちにそれらにピントを合わせ、数万枚のネガを脳裡に焼き付けてしまっている。
道端の小石にさえも字を書き付けてしまいかねない商魂とバイタリティーもおそらく日本特有のものだろうし
一方でそれを受けとめ、脳細胞の中にこれらの膨大な情報を未整理のままぶち込んでいるタフさ、
というか無神経さも日本人特有のものだろう。
先日、地下鉄に乗っていて周囲を見回して改めれ感心したのだが、大抵の人が本、新聞の類いを読んでいて、
読んでいない人も車内の広告に目を走らせていた。
蛍光灯だけがやけに白々しいこの密室の中で無表情に何か焦点を合わせている乗客の光景が数十台の
無機物カメラのように見えて仕方がなかった。
ところで印度の街角では、何を見ているでもない人々にそこかしこで出会う。
日がな一日しゃがみ込んで、膝にほお杖をたてて虚空を見つめている物売り女。
サトウキビを噛みながら大八車にもたれかかって、路面を見つめている男。
そうした彼らの姿はまるで時間が張り付いてしまったかのように長いこと動かない。
何か見ることに追われ自分自身を見つめることをなくしてしまった人たちが、いつの間にか置き忘れてきた
「まなざし」という言葉がぴったりする姿である。
彼らは何を見ているのだろうか。
彼らの脳裡にはどのようなネガが写されているのだろうか。
自動焦点カメラのネガよりもずっとずっと深い興味が湧いてくるのだ。
〈 聖なるもの 〉
印度では白牛は聖なるものとされている。
そのいわれを不勉強な私はよく知らない。
ただこの動物が只者ではないと感じさせる光景に印度では何度か出会う。
カルカッタを初めて訪れたのは、モンスーンが明けて間もなくの、まだ湿っぽさが残っている十月の夜だった。
空港から街まではかなりの距離があって、湿原とおぼしき奥に、時折、灯りがポッポッと走り去ってゆくだけだった。
暗闇がどれくらい続いただろうか。
車が大通りを外れてスピードを落としでこぼこの曲がりくねった道に入る頃、ヘッドライトの前に突然
大きな青白い塊が立ちふさがった。
それは一瞬、南国ということを忘れさせてしまうような、残雪の塊にも見えたし、崩れた石膏像のかけらのようにも思えた。
ブオッブオッと鋭くなる車のホーンに、それがゆるゆると起き上がり傍らに道を開けたとき、
初めて数頭の白牛であることが判った。
牛たちは、およそ動物の動きとも思えない超然とした態度で、車の方を一瞥するでもなく、
まったく残雪と同じ無関心さで、路傍に立っていた。
車内から改めて外を見廻すと、いつの間にか両側は朽ち落ちそうな意思壁の建物が軒を並べていた。
その青白い壁の肌は、月光を浴びてこれも青白く光っている牛たちのそれとまったく同じで、一瞬、
街全体が柔らかく大きな白牛であるかのような錯覚にとらえられてしまった。
夜が明けて街へ出てみると、そこは昨夜とは打って変わった喧騒のるつぼだった。
汗を滴らせて人々が怒鳴りあい行き交う。
人だけではない。、追いたてられて、わめきながら電車道を渡る山羊の群れ、空を忙しくかき廻している
カラスたちも皆、今というときに命をすりへらしていた。
その中で青白い牛たちだけは、昨夜とまったく同じように、そこかしこに悠然と横たわり、たたずんでいた。
たまに動いても、白い大理石の立派なビルの会談の上に平然とフンをするくらいなもの。
眼もとは全てに超越したような無関心さに澄み渡っていた。
やはりこの世のものではない彼岸の生き物ではないかと思えてくるのだった。
〈 ないしょ話 〉

印度旅行から帰って間もなくのこと、
友達と喫茶店でみやげ話などしてだべっていた。
フンフンと聞いていた彼女が、
急に周囲を気にしてうわの空の様子をみせはじめた。
せっかくの話の腰を折られて私が憤然として沈黙すると、
「あら、ごめんなさい。
だけどあなたの声とても大きいんだもの。
ほら、みんなこっちを見ているわ。
恥ずかしいからもっと小声で話して」
と顔を近づけていう。
私はギョッとして、改めて周りをうかがうと、
なるほど他のテーブルの数人がこちらをチラチラみている。
それも迷惑そうな顔つきで。
思わず口角の泡が急にしぼんでしまい、
ひそひそ声で話そうと思ったが、肝心の話が
どこかへ引っ込んでしまって出てこない。
何となくバツが悪くなってコーヒーを飲みかけのまま、
早々に店を出てしまった。
声高といえば、電車の中とかホームとかで
外人の話し声がやたらと耳につくことがある。
あれは日本語のイントネーションと違った音声だから
というよりも、声そのものが大きいから目立って
聞こえるのではないかと思う。
私自身、もともと声の小さな方ではないが、喫茶店をでなければならないハメになったのは、
何も興奮して声が大きくなったのではなく、明らかに旅をしてきたせいである。
印度にいるときは、ものを一ついう時でも、大きく息を吸い込んで、はっきりと自分の意思を伝えないと
何事も進まない。
店頭での注文、つり銭の要求、食堂でのオーダー、催促などすべて、日本流の「あの、すいません」式では
まったく通用しない。
何かを要求する時は「怒気」をはらんだくらいの迫力がないと相手にされない。
種々雑多の民族が、己の生活をかけてぶつかり合っているこの社会では、こうした「演技力」がなくては
暮らしていけないのだ。
えらそうに聞こえるかもしれないが、日本人の国際化とは要するに、こうした「演技力」というか「波長」の
切り替えを身につけてゆくことではないだろうか。
もっとも私は、当分の間「ないしょ話」ができないで困った。
〈 土のかおり 〉
駅前にパン屋ができてから、駅の構内にまで、焼きたての香りが充満するようになった。
商店街のお茶屋から、ほうじ茶を煎る香りが周囲にあふれ出ている。
両方とも悪い匂いではないが、最近のは少しやり過ぎではないか。
いわゆるニューファミリー向けのお仕着せの匂いのなかに、街が本来持っている筈の生活の匂いが
かき消されてしまっている。
そこはかとなく漂ってくる匂いから、そこに住む人々のイメージまでもが浮かんでくるのは、
今では下町の一隅にある路地裏くらいなものなのだろうか。
ところで、眼をつぶっていてもその匂いだけで街のすべてがほうふつとしてくるのは、ネパールのカトマンズだ。
下水道が不備なことからこの街は便所の上に立町と悪口も言われるが、高知特有の中に、人々の体臭、
屎尿、食物、香料などがごちゃまぜに入っている。
生の営みと自然とが渾然一体となったこのにおいに、人工的な街の香りしか知らない人間は思わず立ちすくみ、
逃げ出したくなる。
それは匂いそのものへの生理的な反応というよりは、街中でついぞ意識したことのない、生と死とが、
ここではあまりにも身近に、普段着のまま漂っているということへのおののきからに違いない。
人は強烈なものには結局は、好き嫌いでしか反応できないが、逃げ出さず、踏みとどまった旅人のみが、
この匂いにいつの間にか甘美で物悲しい自分の生まれてくる以前の遠い記憶のような親しみを感じるようになる。
話は変わって、我が家のコンクリートジャングルの中で生まれ育ったダックスフント君は散歩が大好き。
彼の目的は電信柱のお友達の匂いもさることながら、舗装道路と石塀の間にあるわずかな「土」の匂いを
かぐことにあるようだ。
首を低く伸ばして執拗に鼻をこすりつけている様子をみていると、彼も土の匂いの中に、自分の遠い記憶を
まさぐろうとしているかのように思われてならない。

〈 常ならぬもの 〉
暮れもおしつまった夕方、ふと冷気にあたりたくなって公園へ出かけた。
どこの家でもおせちの準備に追われている頃合で、人気はほとんどない。
人の気配がないと冷たさがことさら体の心まで染みわたり、眼や神経は、ごく自然にこの寒さから逃れようとして
何か興味をそそる対象を漁ろうとする。
暮れなずんでゆく木立の乳色から澄み色に至るまでの無限の明度表のような微妙な色の移ろい。
踏みしだかれた落ち葉が、だんだんかげりを濃くしてゆくアラベスク模様。
池を横切る水鳥たちの羽毛の規則正しい色の配列。
およそ「寒さ」がなかったら、ただの「優しい風景」として見過ごしてしまったであろう「冬の正体」を目のはしつこく
追いかけている。
空を見上げると彼切った枝々が、はい回るように一面を覆っている。
その微細な遠近を見極めようと目を凝らすと、日々の入った大きな卵の殻に見えたりした。
「寒さ」が自分に促した「思いがけない集中力」は、ふと印度のカルカッタで経験した、
あの粘っこい湿気と暑さを思い起こさせた。
何もしなくても手の甲に吹き出てくる玉の汗をじっと見つめながら、とりとめのない物想いにふけるか、
その汗を忘れるほどの「何か」に集中しなければまいってしまう。
印度でみられる「ものに憑かれた」様なとてつもなく精巧な彫金類、一日ではすべての部分を見つくせない
あの精密画の気違いじみた細部の描写。
これらは穏やかな春秋の風土からは到底生まれ得ないものなのではないか。
過酷は自然のみが人間の持つ本来の感性を呼び起こし、何かとてつもない企てへと駆り立てる力を
持っているのでは・・・。
一人公園の寒さの中に佇んで、ぼんやりとこんなことを考えていたが、ひよわな都会人である私は、
おかげで風邪をひきこんでしまった。

〈 手の表情 〉
10月から11月は会社の入社試験シーズンだそうである。
先日何かの雑誌に女子学生の面接風景の写真が出ていた。
数人の学生が面接官の前の椅子に座って並ばされているのだが、まったく同じように白いブラウスと
濃紺のスーツを着て、同じように無表情に緊張した顔が並んでいると、一体、この中から誰かを選ぶということは
大変至難な技ではないかと思ってしまった。
とくに黒っぽい塊の並ぶなかで、一様に重ねられている両手の部分が、人形細工でも見ているかのようにまったく
同じ形で、不気味な感じさえした。
おそらく、面接試験のハウツー物に、両手は膝の上に軽く重ねてとか、いろいろ細かく書いてあるのだろう。
試験の時だけでなく、喫茶店などで見かける女性たちも、コーヒーカップを取り上げていたりする時以外は、
ちゃんと両手を膝の上に置いている人がほとんどである。
両手を膝におく形は、矢張り日本の「座る」と言う生活様式から来たものなのであろう。
お茶やお花の動作の中にも、正座して、両手を膝におく形が、重要な句読点のようになっていることは
素人の私にも判る。
ただ椅子やテーブルの生活様式の中では、この両手の位置は無表情すぎてそぐわない。
テーブルを挟んで向かい合うとき両手が膝の上だと、お互いのコミュニケーションが、今一つしっくりと
いってないように見える。
座る生活から、椅子にかけたり、立ち歩いたりすることの多くなった生活に、まだ日本人の手はおさまりが
ついていないのだろうか。
そういえば、昔、学芸会の練習をしている時、たちっぱなしでセリフを云うときの両手の位置がどうやっても
ぎこちなくて、手なんていっそのことない役にして貰えないかと悩んだことを思い出す。
ところで、手の表情といえば、印度の女性たちの手ほど豊かな変化に富む手はあまりないのではなかろうか。
日本人の「座る」に対応する形は、印度では「しゃがむ」形になるのだろうが、しゃがんでいるときの彼女らの手は、
何かの作業をしているときは勿論のこと、所在なさげに膝の上にひじを立ててあごを支えていたり、
手首と長い指先をだらりと下げたり、いろいろな形に変形する。
特に話し込んでいるときの彼女らの指びの動きの豊かなことには驚かされる。
話の中味に合わせて、「指でしゃべる」のである。
例えば「ホギャ」(駄目だった)と口が発音する時、手首と長い指先はくるりと半月状の弧を描いて廻り、
「本当に駄目だった」と言う自体を見事に現すのだ。
又、「何故?」と言う指の表情も、掌を広げて薬指と小指を内側にそらすように曲げてみせ、
「そんなこと、できるわけないでしょ?」と言う意志をはっきりと表現する。
ただ、これらの指の表現は、どちらかというと「否定的」な事態に対して見事に一致していて、喜びとか楽しさを
表す形は、あまりないように思う。
厳しい風土の中での対話が、どうしても「仲々思うように行かない」というもどかしさをあらわすことになり
勝ちなのは無理もないことなのだろうが。
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