Talk Express 5回 壁画 二都花宴図

Talk Express from JR 東海
第5回 壁画 「二都花宴図」
 1988年 中国・西安市「唐華賓館」 ロビー



「わが子のいる空間を訪ねて」

 二千年を迎えて私の探訪はいきなり海外に飛びます。
丁度十二年前私にとって初めての壁画が西安で生まれました。
八六年文化庁から初めての中国への研修員として北京中央美術学院に留学したことがご縁で、千年の古都、
かつての唐の国都長安に最初の壁画作品を残すことができました。
自分の絵画航路の出港地がインドであったことを考えると、インドから経文を持ち帰った三蔵法師ゆかりの大雁塔に
隣接するホテルに描くこととなった自分の人生に、何か区切りとなるような予感がしました。
その漠然とした予感が今となっては現実のものとなり何時の間にか三十近い壁画がその後に続きました。

 ただこの「長子」の誕生は自分で言うのも変ですが予想以上に難産でした。
工期の関係もあって取り掛かってから完成まで一年半の時間を要したこと、吹きさらしの仮設足場の上で
冬は零下十度、夏は四十度近くの極寒酷暑の環境だったこと、日本・中国・香港の混成業者の混乱した現場での
高所作業で危険・騒音・砂塵などの悪条件との戦いでもあったことなど、試練の多い初体験となりました。
それだけにこの壁画には格別の愛おしさを感じています。
今でも東京のアトリエからどんよりした空を見ると、西安名物の黄砂の世界を思い出し、
同じ空の下にいるわが子の顔を拭いてやりたいような気持ちになります。
またどの現場も同じですが、とくに異国での仕事では現地の方々の協力がなくてはやり抜くことができません。
ホテルの設計総括責任者の張錦秋女史との壁画の構想についての夜を徹しての議論や、
現場での早朝から深夜までつきっきりで絵の具の水洗水を汲んでくれた王青年など、
忘れ得ぬ人々との思い出も作品に一杯つまっています。

 昨年、数年ぶりに訪れた西安は、観光都市として格段に洗練され居心地のよい街になっていました。
ホテルも華やかな賑わいをみせ、わが子「二都花宴図」も空間の中にしっとりと心地よさげに溶け込んでいて
ホッと胸をなで下しました。
でも作者にしかわからないような細かい剥離を見つけ思わず高所作業車を借りて俄か修理をしてしまいました。

 現在では成田や小牧から西安まで直行便で三時間半。(1999年当時)
ぐっと近くなった古都に週末を使っての旅は如何でしょうか。
また宣伝になってしまいました。 ♪




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