田村能里子オフィシャルホームページ:過去の掲載記事婦人公論
過去の掲載記事
読売新聞 
2002年12月9日号掲載

◆すてき私流◆

初めての壁画制作のため中国・西安市に滞在していた十五年前、素焼きの馬に目を奪われた。
ある陶芸工房を訪れた時、高さ四メートルもある窯の上に置かれていた。
燃え盛る炎の上にたたずむ姿は、小さいながらも凛々しい美しさで満ちていた。
「始皇帝陵の近くで出土した兵馬俑を模したミニチュアでした。
それが美神みたいに見え、どうしても欲しくなって。
『工房の守り神だからダメ』と断られましたが、何度も通ったら、
根負けして譲ってくれたんです」
この時、日中合併のホテル「唐華賓館」のロビーに「二都花宴図」を描いた。
東西南北四面の幅を合わせると約六十メートルに及ぶ大作。
シルクロードを行くラクダの隊商と、大和の里で遊ぶ童などを組み合わせ、
国際都市長安(現・西安)の繁栄と日中友好を表した。

 壁画の制作はホテルの建設工事と平行して進めた。
完成まで約一年半の間、この馬像は現場に置いた。
「どういう構図にしたら良いのか悩んだり、作業でくたびれたりした時は
これを見つめて気持ちを支えました」
 帰国の機内では、膝の上に抱えて持ち帰った。
今は自宅兼アトリエの玄関に飾ってある。
「これまで四十超える壁画を描きましたが、最低一ヶ月は現地に滞在し、
危険な高所作業などもあります。

自宅に戻ってこの馬の姿を見る度に、今回も無事に済んでよかったなって思うんです」
千葉県白井市の延命寺が今月開基千年を記念して復活した鐘には
「二都花宴」の一部が刻まれている。
約十年前、西安で作品を見て感激した住職が強く希望した。
「仏教が発祥したインドで画家の道を歩みだして私の絵が、
巡り巡ってお寺の役に立つなんて、不思議な縁ですよね」
 美神のように感じる馬像がずっと見守ってくれているお陰かもしれない。



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