画文集
みのりのとき
大手町フィナンシャルセンター壁画

壁画「みのりのとき」制作ノート

1 食と美と
壁画の仕事を始めてから四年、幸運にもいろいろな場所、機会を与えられ、壁画を描く喜びと
同時にキャリアも重ねてくることができた。
ホテルのロビーやレセプション、病院から始まって競馬場や大型客船のデッキといった
変り種まで多彩な場と空間に自分の美の世界を展開することができた。
またひとつひとつの場で、壁画が実に多くの人との出合い、
部分的にせよそうした出会いの一部が直接間接に作者の耳元まで及んでくる手応えは、
やはり壁画制作の醍醐味といえる。
今度のおはなしは、東京のビジネス街の中心である大手町に新設される高層ビルのトップ
フロアに開店予定のレストラン内壁面に、ということだった。
今までの私の壁画の場所は色々であっても、共通していることは、
その「場」は人々が寛いだり、通り過ぎたりする「通行者」の空間だった。
レストランの「お客」は、はっきりと「食べる」目的を持っている。
そして「食べる」ために必要な時間を嫌でもその空間で過ごさねばならない。
今まで私にこの種の空間に壁画の仕事の話がなかったのは、たまたまということもあるこれど、
主目的が明らかに別にある空間での壁画の存在は、適合する場合とミスマッチとの差が
大きすぎて、発注者としてかなりの決断を要することだからであるに違いない。
偶然にも話が転んで、「レストラン内の壁面を自由に使って描いて欲しい」
という全面的なご依頼を受けてしまった。
食堂に壁画という決断だけでも「よくぞ」と思うのに、すべて任せるなんてスゴイことだなと
感心してしまったが、それを受けたのが私自身なのだから、なんてコワイことを
引き受けてしまったのだろうと、あとから冷静になってみるといつもながらの自分の無鉄砲さ
加減が実感されてくる。
自由にということは、もう結果責任をどこにも持っていけない私一人の全面責任ということだ。
でもくよくよしていても始まらない、仕事場に入館してから引渡しの期日までは六十日
足らずしかない。
絵の構想をまとめることからスタートだ。

 そのはじまりのところは「食」と「壁」との関係を
どうとらえるかにあると考えた。
当然のことながら「食堂」は食べる場所であり、
この目的は「美味しいものを気分よく食べる」
ことにつきる。
美味しいことと気分よくとは、別々の意味では
なくおそらくここでは同義語に近いものだろう。
この目的が達せられるならば、
「美味しい食」と「壁紙」であってもよいわけだ。
この場合「壁画」は不要だ。
けれども逆に「壁紙」で「気分よく」が必ずしも
満足されない場合は、「美味しい食」も
成り立たない筈だ。
なんでこんな当たり前のことをくどくど考えなければ
ならないのか、自分でも不思議だが、
要すれば「壁画」は「食事」に従者ではなく、
食堂の目的を成り立たせるための、
イコールパートナーであることを自分自身で
納得したいだけのことだ。
勿論「壁画」だけではない、食事をする空間すべてが
「美味しいものを気分よく食べる」
目的のためのイコールパートナー筈だ
(そんな考えから今度の仕事は壁画だけでなく、
天上のデコレーション、カーテン、テーブルクロス等、

空間を構成するほかの役者たちも私自身の手で構成させていただくことにした)。
そのうちで壁画は「気分よく」の部分の多くを担っている。
どんな風に気分よくしたら美味しい食事の時間を持てるのか、がテーマになる。
ここ大手町はすぐ近くに皇居の緑があるとはいえ、コンクリートジャングルに替りがない。
壁画の役割はこのコンクリートの壁を想像力によって外界の自然へとつながる限りなく
柔らかい何かに変えてしまうことだ。
四角いコンクリートの箱の中の食事ではなく、爽やかな風が吹き、草花がそよぎ、
鳥たちが舞う自然の澄んだ空気の中での食事と語らい、その自然の中に生き生きと
存在している美の女神たち、あるものはブドウを摘み、あるものは琵琶や笛を奏で、
あるものは舞う、そんな世界を描いてみようと思った。
より具体的なモチーフとしては、シルクロードの風土と人々のイメージを借りて、
草原の実りの季節を表現してみることとした。
実りの季感色々な表現の仕方があるだろうが、私は「風」をテーマにした。
自然の恵み、豊かな実りの決勝が料理のエッセンスであるなら、それを口元に運ぶとき
そっと頬をなでる風は最高の調味料な筈だ。
壁から風が吹いてくる。
そんなマチエールを目指すことになった。

2 現場での葛藤

何時もの手順で現場に入るまで数ヶ月をかけて、アトリエでモデルを使ってのポーズデッサンや
様々な角度からの手や足のデッサンを重ねていく。
最終的な構図に使うデッサンはこのうち極く僅かなものだが、デッサンを重ねていく課程で、
ちょうどミスコンテストのように、厳しい取捨選択が自分自身の中で煮詰まっていき、
壁画の最後に行き着くべき美意識がおぼろげにも定まっていく。
それと同時にアトリエでのデッサンは、現場での実際の作画に先立っての重要な
ウォーミングアップの役割を担っている。
アトリエでのデッサンの集中を通じて、体を動かし、手先の動きを研ぎすましていく、
気韻生動などというと大袈裟かもしれないが、そんな律動体が自分の内部に高まってくるのがわかる。
私の場合、どうしても壁画の準備期間としてアトリエでのデッサンが必要なのはこのためなのだ。
それらデッサンやコスチューム・風俗に関する資料を抱え込んで現場に乗り込む。
現場の受け入れ態勢は、さすが都会の真ん中での作業だけ会って満点に近い。
足場、水、電気、お手伝いの女性とソツなくそろっていて、気分の上では今までになくホッとする。
中国・西安の現場では酷寒・酷暑の上に、不安定な足場やブルドーザーの振動に悩まされた。
昨年の客船内部の現場では、不安定なゴンドラに十数メートル吊るされて、
腰に命綱をつけての作業だった。
それらの危険や不安を抱きながらの現場に比べれば、今度のは極楽のようなもの。
ただあんまり現場がスムーズ過ぎると、絵筆が進み過ぎてかえってコクの薄い絵が
出来上がりがちなので、気を緩めることはできない。
けれども実際に作業に入ると、ここも結構他の現場に負けないほどのハンディがあることがわかった。

それは粉塵と騒音だった。
工期の関係から石材部分を現場で下降する作業が続いていて、その粉が充満している。
肝心の絵のほうにも(水溶性のペイントなので余計に気を使うが)影響があり、
一日で喉をかなりやられてしまう。
マスクをすると、壁面の微妙なタッチに支障が出ることがわかったのであきらめたが、
絵の色感、明度が霞んで摑みきれないのには弱った。
結局マチエールの仕上げを大切な段階では、石材の加工作業が終わるのを
まってからとりかかることにした。
これらは現場での物理的、表面的な葛藤といえるが、壁画の製作過程ではまったく
別の私自身の内部の葛藤が起こっていた。
壁画は窓側の一面を除いた三方の壁面を使っており、正面の大壁画(三×七.三メートル)一点、
側面の小壁画(三×三.一メートル)二点、向正面に中壁画(三×四メートル)一点と
合計四点の組み合わせ絵画となっている。
三面とも壁画で生めることの是非とか、過去のケースを検討するとかいったオーソドックスな
思考は私には浮かばない(それがやっかいな事態を引き起こすけれども一方で、
とにかくやってしまおうという即断即決の精神にも繋がっていると思う。)
とにかく三面全て私の壁画でやりたかったからその条件で引き受けたのだが、
そこに現場での葛藤の伏線があったように思う。
 
 それは、結局のところ「主役は誰か」という根っこの問題である。
現場での実際に仕事に入る前には、壁画と食事は同等の役割分担であり、
同じ目的に奉ずるものという冷静な理解があった。
けれども現場での制作が進みにつれ、「この空間は壁画が支配している。壁画が存在する空間
が先ず第一義としてあり、ここでなにかすることは付随的なものだ。
だから食事をする行為に支障がない限り壁画が生きる空間作りに徹するべきだ」
という主張がムクムクと大きくなっていった。
壁画といっても絵画である限り、そうした作者のエゴからは解放され得ないのが、
時にやっかいなことになる。
具体的な問題は壁画の回りの壁面を何色にするのかという、一見些細なことに現れた。
もしこれがタブローであるならば、額縁に相当するわけで大切な部分である。
額縁の善し悪しで絵の存在感が全く違ってしまうという例を絵描きは何度も経験している
その額縁の部分の色は私の壁画の基本色調からすれば、モスグリーンがもっとも効果的だと感じた。
そして躊躇せず埋めてみた。
予想通りの仕上がりだったが、唯一の問題は空間の明るさだった。
要すれば壁画を描いている時と同じ明度でなければ、この色のコンビネーションは
成り立たないことがわかった。
美術館や広場ならどんな明度でも可能だろうが、レストランとなるとそうはいかない。
コウコウとした人口光の中で食事をすることがどんなに落ち着かないことか、作者も知っている。
目に料理以外の強い光が入らないことも気分よく食事をする条件だと思う。

結局最後の最後まで迷って、私は室内の明度を制作中より落とし、実際のレストランの明度で
一番フィットすると思われたホワイトソフトベージュに変更した。
壁画と食事とはここでもとのイコールパートナーに戻ったのだと実感している。
今度の体験では実際に制作している現場の明るさより実際にはより暗めの空間で見られる
壁画であったわけで、その場合は細部のマチエールが遠くからは見られず、
むしろ全体の色感が汚くなりすぎないように、それでいて絵画のもつ毒というかコクを
失わないような微妙さが要求されることが分った。
このことからは比べるべくもないが、太古の絵師たちが洞窟や教会で
コツコツ描いていた時の明度はどんなだったのか、おそらくはかすかなロウソクの炎だけが
頼りであったに違いないが、一方で完成されたそれらの壁画はどのような明度のもとに
鑑賞されたのかに、思いを馳せたのだった。
さまざまなケースがあるだろうが、その多くは、制作中の明度よりはるかに明るい環境で
見られていることが多いに違いない。
例えば中世のフレスコ絵したちはそうした明るさの差異をある程度計算しながら、
線描や色調を構成していったのだろう。
文明の進んだ現代では、彼らと逆の計算も必要なのかと思わず苦笑いしてしまう。
ただ厳密な意味ではタブローにも全くおなじことがいえると思うが、現代の私達には、

 そうした過去の壁画の誕生した当初のほんとうの姿は謎である。
今私達がそれを見て美に打たれたり、心を動かされたりするのは、壁画の持っている
時間の厚みとか歴史による部分が大きいのも事実だろう。
かつてヴァチカン・システィーナ礼拝堂のミケランジェロの壁画「天地創造」が
洗い出され復元されて誕生当時の姿を現した時、必ずしもそれまでの私たちの知っていた
「天地創造」よりもすばらしいという声ばかりではなかった例もそのことを示している。
私の制作した壁画は今度のものも含めほんの誕生期にある。
物理的な時間の経過からすれば、数世紀を経てきた壁画とは比較にならない。
無謀なことかもしれないが、私は自分の壁画の中に、彼ら壁画の先輩に引けを取らない
時間の蓄積を感じさせるようなマチエール作りを試みてきた。
現代の壁画を見る人の美意識の中にも濃密な時間の感覚が大きな要素として
存在しているように思われるからである。
それにしても壁画という心もとない営みは太古の昔から続けられていた。
その危うくもどこか人の温もりの感じられる営為を引き継ぐような気持ちで仕事のできる自分は、
運のいい星にあるのだと感じないわけにはいかない。
私にとっては少々の環境の困難さなど吹き飛んでしまう程、美しい時間、
それが壁画作りの日々なのだ。








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