〈 しゃがむかたち 〉
地下鉄に乗るときはドアの端に乗ることにしている。
走り去っていく暗闇をぼんやりと見つめているのが好きだからだ。
ところが先日、いつものようにドアにもたれかかっれいるといつの間にか黒いレインコートの男が
私の足元にしゃがみ込んでいる。
思わずドキッとして車窓の暗闇が急に恐ろしく見えた。
そのうち、足元からウッスらと紫煙がたちのぼってきた。
うさんくささは残るものの、禁煙をはばかりながらの行為とわかったので、脂汗はとまった。
しゃがむといえば、冬の街角などでおばあさんがうずくまっていて、大丈夫かな、家は近いのかしらと
声をかけたくなった経験は誰にでもあることだろう。
暮れの忘年会シーズンとか、春の新入生、会社の歓送迎会などの季節になると、ホームや道端で
しゃがみ込む姿をよく見かけるが、これらを別にすれば、しゃがむかたちは、都会では、非日常的な何かを
予感させて、不気味である。
しゃがみ込んだ後姿には何か秘密ありげな感じがする。
それをズームアップして振り返った顔で、観客をギョッとさせるのも恐怖映画によくあるし、
鳥追い女が街道筋でしゃがみ込み、「ちょっと腹が痛とうて」とかいって男の気を引いて懐中物を掏摸る
と追うのも時代映画の古典的場面だ。
もっとも日本でも、植木屋さんがお茶受けのひとときに、しゃがみ込んでキセルで一服しながら、
生垣の刈り込み具合を眺めている光景とか、農村では野良仕事の休みに皆でしゃがみ込んでいる様子は、
もっとも日常的なものだし、しゃがみ姿態も必ずしも「事件」とは結びつかないのは当然である。
ただ最近ではそうした植木屋さんの姿も滅多にみないし、農村でもトラクターの運転席あたりで休んでいる
ことが多くなっているのではないだろうか。
ところが、印度では、都会と言わず農村といわず、「しゃがむ」「うずくまる」姿態が、最も日常的な
かたちであることがよく判る。
お客としたたかなやりとりを交わす市場の物売り女、暑い日差をよけてレンガの塀の陰で、
日がな一日物思いにふける女、古ぼけた手鏡を片手に油をべっとりすり込んだ長い髪をゆっくりとくしけずる女、
土間で紅茶を溶く女、洗濯女・・・、皆しゃがみこみ、うずくまっている。
そうした光景の中で、何か目的ありげに小走りに走る女は帰って「事件」を感じさせて不気味にすら見える。
人の姿態が、日本とインドではこれほど鮮やかな対比を見せているのはいったいなぜなのかと
つきない興味が湧いてくる。
比較文化の面白いテーマになりそうだが浅学の画かきの眼から見ると「しゃがむかたち」には、
立っている人にはない、重たい存在を感じるのだ。
そしてそのかたちの周りには、まだるっこしい程ゆったりとした重たい時間が流れているような気がする。


人生の重さや、苦しさをじーとみつめている「こころ」ではないかと思えてくる。
ところで、わたしはたまたまダックスフントという短足の犬を飼っているが、先日のこと「彼」の真似をして、
一緒になってはいつくばってじゃれていたら、低い視線から見ると周囲の世界が、ふだんとガラリと
変わってしまうことに改めてびっくりしてしまった。
きっとしゃがみこんでいる人々は、立っている人々と全く違った世界を見ているに違いない。
それも自分の身近なところにある石ころ一つ、蟻の動きにさえも、微細で緻密な観察をしているのだろう。
低い視線には低い視線なりの全く別個の生活感が出来上がっていても不思議ではない。
それで私も一度、街中でしゃがんでみたいものと思っているのだが、おばあさんなみに声でもかけられると
しゃくなので、いまだに我慢している。
〈 秘められたもの 〉
最近は、映画館に足を運ぶことが少なくなったが、雨模様の週末にぶらりと「フランス軍中尉の女」を観に出かけた。
英国映画には爛熟したものから発酵する暗い毒のようなものが漂っていて私は好きなのだが、この映画にもただの
泰西名画調の絵巻物ではない苦しさが滲んでいて見応えがあった。
ただ私の目に灼きついたのは、見事なまでに再現された十九世紀のスモーキイな英国風俗ではなく、唯一、
メリル・ストリープ演ずる女主人公が頭からすっぽり纏っている「黒いマント」であった。
女の神も肉体も全て包み込んでしまった「黒いマント」は不思議な女の情念そのものを象徴しているようだった。
そして黒いマントには三白眼の美人の視線がもっとふさわしいことを見つけた製作者の眼に感心した。
ところで、私はここ数年印度の女性をテーマに描いているが、彼女らの纏うサリーもこの黒いマントとまったく
同種のイメージをかきたてる衣装である。
体全体をくるみこんでしまうコスチュームは、裁断が簡単であれば、あるほど、身体の動き、
姿態によって千変万化のかたちをみせる。
衣の微妙なひだの部分、部分は、露出された肉体以上に生々しく不安定なかたちを想像させる。
そしてかきたてられた想像力は、衣の中身そのものへの興味へと発展し、そこに秘められたものを
探ろうとしてふくらんでゆく。
ただ中近東でイスラムの戒律の厳しい地方のコスチュームのように、頭からすっぽり顔まで隠してしまうようなものは、
見なれないせいもあるのだろうが、何かしら不気味さが先に立ってしまって、正直言って想像力があまり湧かない。
同じモスレムでも、ペルシャ系のチャドールは丁度マントと同じように顔をのぞかせているので、ミステリアスな感じがする。
サリーの場合は必ずしも頭にかぶる衣装ではないが、一枚の布切れだけに、くるりと顔を包んでしまったり、
眼だけを出したり、利用の仕方でどのようなポーズも取り得るのが特徴である。
隠された部分が多ければ多い程、わずかに露出された手足と、顔は秘められたものを解く鍵としてきわめて重要である。
たまたま民族の特徴なのだろうが、印度の女性の大部分は三白眼で、手足の指先も、鳥のそれのように細く長い。
三白眼の視線は弓矢のように鋭く痛く感じられるがそれでいて、何か不安定で不可解な、情感がこもっている。
長い指先も大きな衣の塊に充分対抗しえるだけの生命力を感じさせる。
衣装と民族の体型の関係も何かしらあるだろうが、その方面に不案内の私にはよく判らない。
ただ印度の場合、他には考えられない程、コスチュームの持っている特色と民族の特徴が一致しているように思われる。
「秘められたものの中にこそ真実がある。」というのは、文明社会のマスコミで使い古された感じもするが、
印度の女性を描いていると「真実」という言葉のかわりに、「情念」とか「生命力」という言葉が、ほんとうにぴったりと
あてはまるように思えてくる。
〈 たゆとうとき 〉
テレビでバラエティ番組を見ていた。笑うと頭の中が選択されたような気がするのでつい見てしまう。
そこでキートンばりのコマ落としのドタバタ映画をもじった寸劇をしていてふるいギャグとわかっていても
笑わにゃ損、損と笑ってしまった。
今でも「コマ落とし」に根強い人気があるのは「時の流れ」を好き勝手に調節したような視覚的な感覚が
あるからだろう。
もっとも古き良き時代のどことなく悠長な動作のコマがおとされているからおかしみがあるので、
現代の都会生活などは現実がコマ落しのようなテンポだから、これ以上コマを落すと、
何が何だか判らなくなってしまい、おかしくとも何ともない、かえって悲しみがにじみでてくる結果に
なるのが関の山と言う気がする。
人々が生活する情景のコマ数の違いは、時代の移り変わりにも感じられるが、同じ時代でも、その土地、
土地によって大きな差異があるようだ。
たとえば、印度では街の中の生活でさえも日本から言ったばかりのものにとっては、コマ数のギッシリつまった
スローモーション映画か、ストップモーションの情景を見ているかのような奇妙な感覚にとらわれる。
街の物売りのお金を数える動作一つにしても、我々からみれば、筋肉のどこかが一本抜けているのではないか
と思わせる程のもろいものだ。
軒先を並べている店々の鉄格子の入り口から暗い奥をのぞきこむと、たいてい年老いた女がうずくまってゆっくりと
本当にゆっくりと天秤に物をのせたりしている。
街の中を流れる黄色の河、これも又、河底を引きずるように重くゆるゆると流れている。
その河べりで、しゃがみ込み河面の照り返しにも、夕日のまぶしさにも、貼りついたように何の反応も見せない。
歩いている人も日本人から見れば、緩慢な足取りである。
特にサリーをまとい、はみ出しそうに豊満な脇腹をよじらせながらゆるゆると動いている裕福な婦人たちの動きは、
動物園の中で飼いならされてきた獣たちの動きに共通するろう穎廃すら感じさせる。
動物といえば、この街では白牛がビルの谷間のそこかしこに佇み、うずくまりしている。
不勉強な私は、白牛が何故に聖なるものとされているのか、そのいわれを知らないが、おびただしい数の白牛の
動きをみていると、何かしらこの街全体に流れている時間が白牛に支配されているような気がしてくる。
事実、この街の人々の心の動き、動作と、白牛がこんなにも深く生活の場に立ち入ってくることとは
何らかの関係もないとはいえないだろう。
誰かが、「街中から白牛を追い出さなければ、この国の近代化はできっこない。」と言っていたが、
どれがよいかどうかは全く別次元のことだろう。
近代化ということがコマお年の不連続な動き、ドタバタ映画そのものしか意味しないのなら、この街に漂い、
澱んでいる時間の方が、生きているものにとってより安らぎのある自然なコマ数のような気がしてならない。
そういえば、この街は夕暮れになると、うす白い煙が街中を流れ、街をすっぽりとつつんでしまう。
この煙は牛のフンを燃料として燃やしているものなのだ。
この煙がしますようにこの世界の「たゆとう時」を演出しているのは矢張り白牛だったのである。
〈 ベンガルの雨 〉
ドサッと何かが落ちてくる、そんな降りようがベンガルの雨である。
窓辺に激しい拍手のような音が湧き起こると間なしに雨はそこかしこにぶつかり飛沫を上げている。
部屋の中には緑の繊毛を丁寧に敷き詰めたような湿気が充満し、思わず窓を押し開けると弾みのついた
水の塊が飛び込んでくる。
普段は水牛たちの放牧場になっている裏の荒地にはまたたく間に三つ四つの大きな溜池ができてくる。
鈍重そのものでカイバを喰うのさえも億劫そうな水牛連が、この時ばかりは足取りも軽やかに次々と即席の
湯船にザブンと飛び込んでゆく。
そして、大きな平ぺったい鼻の穴だけを水面に出して身じろぎもしない様子は、上州の温泉で朝湯を
つかっているオバアサンの団体のようである。
よく見ると湯加減を楽しんでいるのか、雨でまともに目を開けていられないのか、あるものはじっと眼を閉じ、
あるものはマツ毛をしばたたいているのもソックリだ。
ただ、硫黄泉のけだるい香りの代わりに浜をつんとつく異臭が立ち込めてくるので温泉情緒というわけにはいかない。
雨が振ると湿った風が、街の表から裏から下水や屎尿の臭いをたっぷりと運んでくる。
強烈なものに人は好き嫌いでしか対応できないが、それが吸い込める唯一の空気であってみれば、
好きだの嫌いだのといってはいられない。
ひっくり返りそうな胃や肺を何とかなだめすかして静かに息をする他ないのだ。
雨が韋駄天のように駆け抜けたあと、街のあちこちには赤茶色のにわか運河が縦横にできている。
ある処は深い沼のようにひっそりと澱んでいる。
それでも人々の生活はそんなことにお構いなしに淡々と続けられてゆく。
ビジネス街では恰幅のよい紳士然とした人々が悠然と泥水をかき分けて、ごく当たり前の顔をして勤め先である
大理石造りの建物に吸い込まれてゆき、下町では疫病のしぼり汁のような濁流の中で子どもたちが喜々として
たわむれている。
天国でも地獄でもないあっけらかんとした現実がそこにあるだけである。
いつの間にか雲は切れてニクロム線のような日差しが雨溜まりに照り返っている。
こんな日、袋小路には決まって破れやコウモリ傘を杖にした盲目の髭男がいつしか現れて門付けをする。
傘に両手を添えて男が悶えるようにパウルス(街歌)を歌い出すと、サリーから溶け出しそうな脇腹をよじって、
香油のたっぷりすり込まれた白髪を梳いていた婦人は櫛を休めて立ち尽くす。
男の影は濃く短く、哀歌は犬の遠吠えのように長く尾を引いてさびた石塀に沁み込んでゆく。
額からぷつぷつと汗を吹き出した男が歌い終わり、
「バブウー。ラジバブウー(御主人様方)」
と語尾を甘くふるわせると軒下の物陰から、チャリーン、チャリーンとボクシス(お布施)が投げられる。
雨上がりの夕方、涼しい微風が巻き起こる時、いつもはくすんだ街が一瞬産湯を使った赤ん坊のように、
つややかに光が見えることがある。
とりわけ白が最も白であることを取り戻す瞬間である。
その白の中でもあのときに見た白の美しさを私は忘れることができない。
あの日の夕方、私は人を見送ってダムダムという飛行場の傍らを通り過ぎた。
突然、無数の白い蝶が舞い降りてきたかのように夥しい白い塊が目の中に飛び込んできた。
湿原の見渡せる限り、天幕がはられているのだった。
白く柔らかな三角形のアラベスクは逆行に浮かんで茜色に縁取りがされ、この夜のものとは縁のないような
美しさであった。
それでいて、ごく自然にああこれが戦火を逃れ死に物狂いで国境を越えてきた東パキスタンからの難民の
キャンプだなとわかった。
針でつついたなら、どす黒い疲れきった血と反吐がほとばしり出てくるに違いない。
そんなたぎり切った熱気をはらんで天幕は嘘のように冷たく静かに連なっていた。
ここにも天国でも地獄でもないあっけらかんと美しい現実があるだけだった。
一九七一年のことである。

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